2009年05月31日

パパイヤメロン

先日、三仏寺投入堂で出会ったおじいさんからのお礼の品。
実はその中に、パパイヤメロン(鹿児島産)という変わりものがあったので、
早速、食してみました。

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パパイヤなのか、メロンなのか・・・
風味と種は、ほぼメロン。

メロンと思えば、メロンとして食べられる。
posted by ごろー at 01:18| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月28日

三徳山三仏寺投入堂

GWに、鳥取県の三徳山三仏寺投入堂に行ってきました。
ただ、投入れ堂へは入山許可が必要で、
2人以上でないと登れなかったのです。
一人旅の私は、考えた末、
「どなたか一緒に登ってください」と書いたA4用紙を持ち、
同伴者を募集していました。
すると、60歳のおじいさんが一人でやってきたので
「僕と一緒に登りませんか?」とスカウトしました。

というわけで、投入堂に向けて出発したのですが、
すぐに着くだろうと思っていた我々の想像を遥かに超える道のりが待っていました。
基本的に道らしいものはなく、木の根を掴みながら、土に足を滑らせながらも這い上がる。
崖があっても、安全用の柵は何もないという環境です。
いわば、軽めのロッククライミングですよ。

CIMG0329.JPG

しかも、GW中の混雑により、細い道では人による渋滞も起きていました。
渋滞中に、おじいさんと「こりゃ、想像以上や」という会話を何度したかわかりません(苦笑)。
2人以上でないと入山禁止の意味を身をもって感じたのでした。

CIMG0307.JPG


入山して1時間。
ようやくお目当ての投入堂に到着。
高校の日本史の教科書で見てから、1度は見てみたかった建物。
鎌倉時代(?)に誰が、こんなにも険しい山道を通って、
今にも落ちそうな崖に、投入堂をつくったのか。未だに全ては謎です。
実際に見てみても、「神秘」という言葉しか出てきません。

CIMG0322.JPG

写真は一緒に登ったおじいさんに撮って頂きました。
おじいさんはカメラを忘れてきたらしかったので、
私のカメラでおじいさんと一緒に撮影し、後日郵送することに。

ちなみに下山中に、急勾配な砂利道で落ちかけました(苦笑)。
たまたま通りかかった老夫婦に救助していただき難を逃れましたが。
いやはや、お恥ずかしい限り。

下山後は、おじいさんの奥さんと合流し、
なんと私の次の目的地である三朝温泉まで車で送っていただけることに。
たまたま行く場所が一緒だったというのもあるのですが、
ご厚意に甘えさせていただきました。


後日、お礼の言葉と一緒に写真をお送りしたのですが、
逆に写真のお礼に、とお菓子の詰め合わせを頂いてしまいました。
気を遣わせてしまったようで、申し訳ないですが・・・。
ただ写真をお送りしただけなのに、こんなに良くして頂いて、
気遣いって大切やなぁってつくづく感じます。

200905231957000.jpg

食糧は、一人暮らしの学生にとっては、大変ありがたい。
メロンとフルーツの瓶詰めなんて、めったに食べられません!
でも、「味付けのり」の瓶詰めが入っていたのを見て、
実家からたまに届く、1箱のダンボールを思い出しました。
必ず入ってるんですよね、味付けのり。
あまり使う機会もなく、日持ちもするので、
あと2年間は、のりには苦労しないだろうと思えるくらい在庫があります。

そういえば、登山中に30歳の息子さんがいると、おじいさんが言ってたような。
息子さんが学生時代のときのことを思い出しながら、送ってくださったのかなぁと
その心遣いに想いを馳せるのでした。
posted by ごろー at 01:56| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「その時歴史が動いた」

大学で、OBの松平定知氏(アナウンサー)の講演に行ってきました。
松平氏といえば、「その時歴史が動いた」ですよ。
今回は「『その時歴史が動いた』を9年間担当して」というテーマで話を聞けました。

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会場は、前列にご年配のOB・OGまで聴講に訪れ、
立ち見も出るほどでした。

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印象に残っているのは・・・
◎「何とかして視聴者に伝えたい」という情熱。
番組1本あたり100日間かけて作っていたそうです。
それも初回は2か月で制作し、1か月は徹底的に議論。
そこには、専門家の視聴にも耐えうるクオリティという信念があったとか。
視聴率も大事ではあるけれども、そればかりに執着せず、
信念を守り、質の高い内容で、番組の信用を築いていく。
一人でも多くの人に見てもらいたい気持ちで。
論拠を明確にして発言する、実証主義で、
視聴率よりも、視聴者からの信用、質の高い番組制作への魂を大切にしていたのだとか。
これぞNHKだからこそできる、番組作り。
NHKだからこそ、クオリティに徹底的にこだわった番組づくりをしなければいけないと感じた。

◎本当の歴史
かつて歴史嫌いな人が多かった。
けれども、それは年号とデキゴトの無機な暗記に拠るもの。
これは歴史ではない。
1人の人間のドラマが、歴史。
そういった意味での「歴史」が「その時歴史が動いた」の内容なのだとか。
確かに、ただの年号暗記は全く面白くないけれども、
三国志などのストーリーは楽しい。

◎先週よりもっと感動させたいんだ!という情熱
先日、別のアナウンサーの方とお話する機会があったのだけれど、
アナウンサーに大切なのは、「人を楽しませること」とおっしゃっていた。
それとリンクするところがあると感じた。
視聴者に、楽しんでいただく。充実した気持ちになってほしい。
その気持ちがなければ、テレビマンには必要不可欠なのだと感じた。

◎何よりの褒め言葉
<「その時歴史が動いた」を見て、歴史を勉強したいと思った。>
番組を観たことがキッカケで、観た人が何かに目覚める、興味を持つことが、
作っている側には最高に嬉しい。
番組が、観ている人の人生の何らかの良いキッカケになれば、
相当なやり甲斐を感じられるだろうなぁ。
posted by ごろー at 01:20| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

おくりびと

やっと重い腰を上げて見てきました。「おくりびと」。

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「千と千尋の神隠し」以来の日本映画のアカデミー賞受賞作品。
話題になっているものを必ずチェックしなくては。

アカデミー賞受賞から、時間が経っているにも関わらず、
まだ映画館には観に来る人が絶えないようです。
新宿のど真ん中にある映画館で観たのですが、
客層はご年配のに方が5割くらい占めていました。

感想は・・・
◎「死は門をくぐり抜けること」
作品中で、このセリフが一番グッときた。
死は終わりではなく、一つの門をくぐり抜けての新たなスタート地点。
だから、「いってらっしゃい」と言って見送る。
死の世界で、また新たな歩みが待っているという死生観に、
人が亡くなった時の自分の感じ方が今後変わってくるのではなかろうかと思った。
当然、悲しみはするけれども。

◎「自分が何を遺せるのか」
作中に、亡くなった人の遺品がダンボール1箱だけ、というシーンがあった。
家族も身寄りもなく・・・。この亡くなった人が残したのは、このダンボールだけ。

これからの自分の人生、世に何を遺せるのだろう。
どんな手段で、どれくらいの人に、何を遺していけるのか。
遺すために、どうやって生きていくのか。
死ぬ時に、この世に遺せたと思えるものをつくりたいと感じた。

◎最期だから美しく・・・
死者の最期の顔を美しくする、これも納棺師の仕事。
遺された者が最後に見る故人の顔が、これまでで一番美しいものであるように。
死者を見送るという辛い場面ではあるけれども、
遺された者に故人の一番美しい姿を送るのも納棺師の仕事なのだと思った。

◎納棺師への偏見
納棺師を始め葬儀関係者への偏見みたいなものがある。
人の死で飯を食っている、みたいな。
でも、人が暮らしていく上で必要な職業。
誰もやる人がいなければ、葬式もできなくなる。
だから、絶対に誰かがやらなければいけない仕事。
そのような必要不可欠な職業に対して、「人の死で飯を食ってる」という目線は持ちたくない。
「人の死で飯を食っている」のは確かだけれども、
人から必要とされているからこそ、苦しみながらも、やってらっしゃる方がいるのだと思う。

ま、こんなところで。
これから何か行動したら、感じたことがリアルなうちに記録を書きためていきたいと思います。




posted by ごろー at 00:48| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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