2009年03月03日

ありがとうの心

今日、早朝の駅員業務での話。
8時15分ごろの最も混雑する時間帯。
急行電車がやってきて、いくつもの閉まりきらないドアに順々に対応していた。
2つ目のドアを閉め、さぁ3つ目、4つ目のドアへと言う時。
ホームにいる一人の客(♂)が話しかけてきた。

「降りるときに人に靴をホームと電車の間に落とされ、会社に遅れる。遅延証明書をくれ。」

言いかえると、
「他人によって私の靴が落とされた。そのため会社に遅れる。でも、会社に遅れるのは私のせいではなく、
靴を落とした他人のせい。それで遅れるのだから、遅延証明書をくれ」とのこと。
遅延証明書とは、電車の遅れを証明するもので、
だいたいは電車の遅れで学校や会社に遅刻するときの事情説明に使われる。

遅延証明書くらい、減るものじゃないから、いくらでも差し上げますよ。
でも、靴を落としたのは、間違いなくアンタのせい。
自分の注意不足に他ならない。
早朝のラッシュの時間帯なら、大混雑で何が起こるかわからないことくらい心得ておくべき。
携帯電話や荷物を落とす人もいれば、身体ごとホームと電車の間にハマる人もいるのだから。
それがラッシュ時に乗る心構え。

さらに、電車を発車させるために、ドアを閉めている最中に言うな。
この時に言わなくとも、どうせ停車している電車を発車させてから、
靴を拾い上げないとアンタは乗ることができないのだから、
駅員が乗客を押して必死に一つ一つのドアを閉めている必死な時に言うな。
今、言うべきことではない。
全く、相当なKY(空気読めない)としか言いようがない。

それで結局、その電車を発車させてから、
駅に常備されているマジックハンド(取りバサミ)で拾いあげたのだが、
「ありがとう」の一言もない。
空気の読めなさといい、心配りのなさといい、どうしようもない。

先日、ビラ配りのバイトで、ある親子が「原宿はどっちですか?」と聞いてきた。
だから、「この先の駅から電車に乗るといいですよ。」と教えた。
すると、「あっ、そう」と言って、去って行った。
おいおい、人に親切にしてもらって、感謝の意もないのかよ。
もしかしたら、感謝の気持ちはあるのかもしれない。
でも、それは言葉にしなければ相手には伝わらない。

自分を中心に世界がまわっている人間が増えたもんだ。
posted by ごろー at 23:23| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。